例によって三日目。なんとかパソコンに向かってこのブログ画面を開きました。すでに苦行に近いものを感じています。
人生でやりたい100のこともなかなか追加できず。100くらいすぐに書き出せるだろうと思っていましたが結構悩むものですね。

ところで今日は何を書こうかと思案していたのですが「気づき」について書いてみようと思います。よくキャリアカウンセリングのシーンだとか自己啓発の分野では「気づき」が重要だといいます。

常日頃の何気ないことから、気づき・発見をしそこに何かしらの意味づけを行い、自分の行動に役立てていこうみたいなものです。この気づきなのですが、まぁ同じ経験をしても

  • そこに何かしらの意義を見出す人
  • そこに何の意義も見いだせない人
  • 真っ二つに分かれますよね。

    人と接することは学びの機会

    今日は第三者と接する機会が少ないと気づきを得ることってなかなかないなぁという話です。例えば会社組織に所属して仕事をしていると日常的に頻繁に他人と接する機会って多くあります。
    フリーランスの人でもミーティングとか色々あると思います。第三者と接するからこそ、気づきというか学びの機会が多くなるわけですよね。その気づきを活かせるかどうかは本人次第ですけど。

    外の視点はやはりためになる

    日常的なコミュニティが狭いとやはり気づきは少なく価値観も固定化された一定のレイヤーで留まってしまい自己成長的なものは停留するのではないかと改めて思ったのです。森深く瞑想に耽り、自己覚醒を起こす仙人のごとき生活なんて、とてもじゃないけれど、凡人には向いていない!と。まぁ1日20分くらい瞑想したり今日という日を振り返り明日をどうするか等前向きに一人になることは良いとは思うのですが。

    要するに日曜日という日は気づきが少なくなる!という自己弁護ができる訳です。つまり今までなんとなく習慣になっていたので、やっていたのですが日曜日という日は明日からどう過ごすかを計画するのに向いていると笑点のオープニングテーマを聞き流しながら毒にも薬にもならない気づきを得たのが本日の気づきでした。

     

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