もう人智が及ばなくなったり
「やりきった。後はどうとでもなれ!」と感じたときに
人は何かに祈るしか
やることがなくなるのだと思う。
生きている限り精神的な支えを持たずに
生きて行くことは簡単ではない。

それは人生が脆く儚いものだ
と本能的に知っているからこそ
人は最後の最後に何かに祈るのだと思う。
苦しいことも楽しいことも
あるがままに受け入れていくことは
人生にとって必要なことなんだろうと思う。

昨日ビジネス上のことで
今後の方針について軽く打ち合わせをした。
軽くといっても今後の方向性に
かかわることなので結構重要な話だったと捉えている。
コンセンサスが取れたのは
非常にポジティブなことだし
今後の動きについても拡がりが見えてきた。
あとはどう進めてカタチにしていくか。

どうも自分たちがビジネスをやると堅くなる、生真面目になる。
肩の力を抜いた感じには
どうしてもならないし
理念先行型になってしまう。
これはいい面もあるけれど
スタートアップ時点では
賛同者を集める必要があり
理知的な人には
数字の裏付けを見せなければならず
マネタイズが非常にしにくい面もあると思うのだ。

同じ轍は二度と踏まない。

「天は自ら助くる者を助く」

今の瞬間を大事に生きていかないと
未来はないわけだからそ
ういう意味では過去より
今の積み重ねが重要な瞬間瞬間なわけで
考えると冒頭の祈るというコトも
プロセスの一つなんだろうなと思う。
そういう習慣を一つ一つ積み重ねていくことで
人生は構成されているんだなと最近思うようになった。

    自分の人生を楽しむ時期
    本当の自分ってなんだろうと模索する時期
    自分に何ができるかって悩む時期
    自分が他人に何を提供できるのかって思う時期。

いまの自分は何の時期なんだろうな。


 

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