いまちょこちょこと資料制作→提出→修正というサイクルを
複数本繰り返しています。

それは「いま目の前の課題の解決」という要素もありますが
「中長期にわたっての成長を一緒に考える」ために
そこに至るための「サービスの設計と(簡易な)フロー設計」を
「どういう視点でサービスを提供していくのか」という
表向きはマーケティング的なもの、でも本質的にはマインドの部分
を明示化していくようなお仕事です。

このサイトではウェブ関連的な領域でのコンテンツを掲載していますが
実務としては「アウトプットとしてのウェブがある」という位置づけで
幸いなことに色々やらさせていただいています。(クリエイターではない訳ですし)
その小さな場面場面で作れるハッピーがあるのだろうと思っています。

ぼくは生意気だなあ、と思われるのを重々承知のうえでいうと
楽しい人と仕事をしたい」と以前から考えていて、いままで比較的それが許されてきました。
もちろんそうではない場面もありますけれど、仕事の総量の中に
「楽しい人と仕事をする」が占める割合を可能な限り高くしておきたいんですよね。

「楽しい」というのは文字通り楽しいときもあれば、ぶつかり合うこともある訳です。
それでもそのぶつかり合うこと、或いは厳しいことを言ってしまうことや言われること、
一線をお互いに踏みながら(超える訳ではなく)話し合うこと
渦中の自分たちを客観視しながら一緒に何かを作り上げていくことができるかどうか、
というところに快感があるわけです。
それができないと「楽しい」にはたどり着けないというか
「駆け引き」で終わってしまうというか。

能力を互いに計算しあうビジネスライクなだけのものかというと
それだけじゃやはり成り立たない……。この人ならという心情的に感じあうところがないとね。

と池波正太郎氏が書いていましたが、それに近い感覚です。

「仕事」として「楽しい」ものを求めると、それなりのプレッシャーもあるし
色々先回りして準備を進めていくことも求められます。
互いを補完し合う関係じゃないと、なかなかスムーズにいきませんし
補完し合うからこそ、理解しきれない異質なことも当初はあります。
でもそこで「自分にとって異質である」と認めてから始まる瀬もあると思うのです。
というか認めないと始まらないですよね。

社内でパレードしたり、お祝をしたり自由出勤になっているから楽しい会社なのか
といわれるとその裏面でシビアなこともあったり、しっかり計数管理があるのと同じように
「情」と「理」の両輪が回転しないとうまくいきません。
そしてぼくの様な立場だと「理」の輪を求められることが多くなります。
(実態は面倒くさがりで、なまけものなんですけどね)
両輪を同期させながら回転させようとするからこそ、そこにせめぎ合いも生じる訳ですし
うまく行った結果として快感物質が分泌されます。

冒頭に戻ると、プロセスとして(思考を整理するため)の企画書があります。
でも企画書をつくること自体が目的ではないし、目標ですらありません。
そこから成果を産み出していくことに向かっていくことが行動指針で
成果を産み出すことが目標。成果を出し続ける仕組みを作ることが一往の目的な訳です。

以前は起業していたこともありますが、その経験を通して思うのは
結局は誰かのために(結果として自分のために)色んなことに挑戦し
支援しながら、じつは支援されているというサークルが作れればいいなと思っていますし
その辺のポジショニングが合っているんだろうなと感じています。
そう考えると経営者経験がある(そして失敗もしている)ということは
なかなか貴重だなと思います。

単純に昼がんばると夜楽しい、ってのもありますしね。

 

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