以前エントリーしたvoice-talk.jp

先日やっと第1回めの対談を終えて
テープ起こしがそろそろ出来そう。
大前提として日本語として読みにくくなりそうな
語尾やちょっとしたあいづちなどを編集したうえで
基本は全文起こしで運営していくつもりです。

どうしてこういうことをやろうと思ったのかといえば
もともと対談とか鼎談が好きだってのが前提にあります。
 
対談の本もよく読むし、最近で言えば
河野さんのtalking.jp
ほぼ日の対談・鼎談
に大きく影響を受けています。

最近ので一番面白かったのは
高野秀行さんと角幡唯介さんの対談かな。

早大探検部幹事長の先輩後輩で探検家(と思われている)2人の対談がコンパクトにまとまっている。どういう視点で活動してきたよくわかる。文章家>探検家は共通してる。独自性のある人同士の対談は味わい深い。

 

我が身を振り返ってみると、かつて東京にいた時は
お客さんとの会話をICで録音して聞き直したり
対談的なことをやってウェブにアップしていた経験もあって。
それに自分がウェブサイトに関する企画に関わるときは
大体対談コンテンツや取材コンテンツを導入してきたんです。
とっかかりとして入りやすいですしね。

と考えて、日々を過ごしていると時どき
「今日いいこと聞いたな。今日いいこと言ったな」
っていう日があるんです。

つい先日もSkypeでミーティングしているときに
みんなが超頷いてくれていて、
「あ、いまなんか良いこと言ったんだ」
とか思ったんだけど、メモってないから忘れちゃっているんですよね、相変わらず。
 

そこで、そんななんでもない会話だとか
とりとめもない気持ちや、お互いの思考の軌跡を
アーカイブ化していくにはどうしたいいんだろうかって
考えていました。

まぁ考えても答えはひとつで
自分で対談ブログ作って記録しておけばいいじゃないか
って結論になるんですけれど。

そうすると、課題がいくつかうかびます。
一番大きいのは、プロで編集でご飯を食べてきたわけじゃないから
テキストを編集加工するのがとても困難てこと。

編集されたドキュメンタリーもすごい好きで、
編集されたダイジェストの面白さや理解しやすさは
とても捨てがたいんだけど、もし自分がやるとしたら
技術的な制約が自分にかかっちゃうのと
お金が捻出できないがゆえに専門のライターの方とかにお願いできない
といった
「やれない理由は幾つでも浮かぶ」
んですよね。

でも
「やれない理由を数えたら、いつまでたっても動かない」
ことになるので、あの頃のようにここまで考えてみたのだから、
まずは稚拙な中でも動き始めよう。
という結論に至りました。

河野さんが”talking.jpのつくりかた”で書いていた

あと全文掲載にはけっこう強くこだわりました。
出版社が作るネットメディアって「切る」ことを「編集」だと思ってる節があって、1時間話しても20分程度の内容しか掲載されてないことが多いけど、ネットのように誌面の制約がない媒体においては、そういうのって無意味だと思う。そのへんの感覚がいつまで経っても「インターネット的」じゃないから出版社はどんどんダメになってるんじゃないかな。

ってのにも後押しされましたね。
それと、東京にいたときにやっていたとはいうものの、
人事担当者とか採用関係の対談だと
ほとんど修正だらけで原型を留めないケースもありました。

対談で「全文テキスト起こし掲載がOK」だったのに、
いざテキストをみるとNGでお蔵入り・・・ってのも何度も。
取材だとほぼ修正かかってますからね、採用コンテンツって。
そういう制約はないほうがいいなって。

と昔話はさておき、決意してドメインをとってみたはいいものの
対談相手がいないと対談ができないのは自明の理。
どうしたもんかなぁと、周囲を見渡した時に
「あ、関西に面白い人がいた」
って思い当たりました。

この考えをそれらしくまとめて
企画を持ち込んだら
「おもろいやないか」
と賛同してくれたのがオオニシさん

ということで先日関西におじゃました際に3人であつまって
喋って、録音して、パチパチ撮影してきました。
3人だったので、鼎談っぽいんですけど
全然喋らなくて専ら聞き役。

もうちょっと色々喋ってみたかったけど
こういう時に人との距離感を縮めるのが不得手なのは損だなぁ。

じつは第2回めのご登場者も決まっていますので
年内に少なくとも2名の方とおしゃべりができそうです。

ここまで描いて前回同じようなこと書いていたのに気づいた。

 

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