あたりまえをあたりまえに、ってのは意外と難しい。
意外じゃないか。当然か。
 
この記事読んで、ちょっとこんなことを考えてました。
【米国はこう見ている】果たしてイチローの去就は? 現地報道で早くも挙がり始めた来季の所属先候補
 
浮かぶのは、ネクストバッターズサークルで
バットを回したり屈伸運動している姿。
ヒットを打っている姿よりも、「次に備えている姿」がいいんだよね。

稽古不足を幕は待たないってやつですよ。

東京ドームでWBC練習試合があったとき
近所に住んでいたこともあって観にいったんだけど
ライトにいるときもずっと身体を動かしているんですよね。
屈伸したり腕伸ばしたり振り返って位置を確認したり。
(しかもその日は松坂・ダルビッシュという豪華リレーをみた)

魔法のステッキだとか
魔の呪文だとか
絶対に効く特効薬を
案外欲しがるし、聴きたがる
なにか秘密があるんじゃないか、って
ついつい思うんですよね。
当たり前は華やかでもないし。

自分にとっての当たり前はを毎日やる
期待されていることをきちんとやる
期待されていないことはやらない
これができるようになって、はじめて
期待以上のことをできるようになるんです。

だからまず「期待」されていることがなにか
ということを知らなきゃい。
自分になにができるのか「現実」を把握しなきゃいけない
期待と現実の距離をしって
その距離を埋めることをやらなきゃいけない。

そうすると少しづつできることが増え始める。
今日出来たから、明日もできるってわけじゃない。
今日出来たことを、明日もやってみる。
今日できなくても、明日もやってみる。
いつの日かできるようになるかもしれない。

できることが少しづつ増えてきて
毎日続けることも少しづつ増えてきて
毎日やることがたくさんになってきた。
それがルーティン・ワークになる。
ルーティン・ワークで毎日の時間が溢れそうになったら
だんだん削る作業にはいっていくんです。

そんな風にして毎日やることが続けられたら
「習慣」になってくものです。
そうすると、あとはこっちのものですよね。

でも「こっちのものだ」って思ってしまうのは
きっと慢心だから、難しい。

このようにあたりまえをあたりまえにってのが難しいんです。

中村勘三郎さんが言っていたといわれる

「型破りとは型のある人がやるから型破り。
型のない人がやったら、それは形無し。」

ってことばは、守破離にも通じると思うんだよね。

ぼくの型はなんだろう。
10年前と比べるとかなり見えてきている気もする。
努力したけれどできないときもある。
でも努力した自分は自分のものだしね。

今年はなにをやったかなぁ。

 

 

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