未来の自分に思考の軌跡を残しておく

いまブクログを利用して電書を作成しています。自分のテキストじゃなくて、人のストーリーなんですけどね。販売目的でもなくて、過去アーカイブがたどり着きにくいコンテンツになっていて「電書にして配布して、みんなに知ってもらいうことができればいいね」ということで実務を担っています。

こういう作業をやっていると、必然的に原稿をしっかり読むことになりますが、人がどういう経験を経て現在に至っているか、を聞く(読む)のはやっぱり最高の事例ですね。現在の言動の発露というか、至るまでのコンテクストがどういうものだったのかを知るために、その人の歴史を読み込むとさすがにその人となりが理解でできる。

一言でいえば「だから、いまこうなっているんだ」ってことを理解できるということなんですけどね。

By: Muhammad Ghouri

判断というものは経験からでてくる一面があって、それは勘や度胸だけではなく、例えば事実に対する解釈や対処方法の引き出しに蓄積されている経験や、知識などに左右されたりします。
 
そしてそれ自体は絶対解ではなくて、複数の選択肢の中の一つに過ぎないってことを常に理解しておくことがあると思うんです。すくなくともぼくはそう。
 
選択肢を多く出すためには、複数の視座と視点と補助線をもって思考すること、物事を相対化して捉える力が必要だと思うんですが、この選択肢の出し方が「人それぞれ」なわけです。

「人それぞれ」がとても興味深くて、まさに「判断の一歩手前」を理解することは最高の事例だなぁ、と改めて思っています。

ぼくもあと4ヶ月後には今年の「Decade」の更新をするわけですが、今年は全くもってなんにもやってないなぁと思いつつ、残り4ヶ月をどうするかと考える反面、残り4ヶ月をどう来年に繋げるかということもそろそろ考えだすわけです。

自分語りなんてものが、面白いのか?と思いますが、これが結構面白いんです。また思考の軌跡を残しておくというのは、未来の自分に向けてもなかなか貴重なアーカイブになります。

で、電書は出来上がったらこのブログでもまたお伝えします。

 

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