年末にちょっと色々考えるきっかけになる出来事があった。結果論からみてものごとを色々言うのは簡単なんだけど結果論からしか言えないケースってのもあるなと。それが「是非に及ばず」ってこと。
 

「理想の状態」と求道者的な月々日々

 
やると決めたら、その結果が勝ちだろうが負けなんだろうが自分で納得できるはず。思うようにいかない瞬間や焦りなんて誰だって経験する。はじめから不安があるのは当たり前だし、それがないのは単なる思い込みと傲慢さなんじゃないのか。そりゃ全てに納得できるなんて100%はありえないけれど、限りなく100%を求め続けるってのがその人の選択した人生だよね。そして100%になることは消してないからずっと「理想の状態」と向き合っていくという求道者的な月々日々が続くんだけど。
  

是非に及ばず

 
自分で決断できる状況にもっていくのが至極大変なんだけど、月々日々の過ごし方の心境としては信長が最後に残した言葉といわれている「是非に及ばず」だな、と。
  

  • 何かに囚われていたのか
  • 囚われのなかでもがいていたのか
  • 自分で決断をしてきたのか
  • そこで止めることを決断したのか
  •  
    結局は全部自分で決めてきたこと。たとえ期待していた答えと異なっていたとしてもそれを受け入れるしかしようがない。そこの境地というか潔さが「是非に及ばず」には集約されている。

    「過去をなかったコトにして」なんてできるわきゃないんだよね。過去の積み重ねでいまがあるわけだし。現在のあり方が未来になるわけですよ。
    #過去は現在であり、未来は現在であるがゆえに刹那は久遠なんだと思う。
     
    他人からみりゃリセットかもしれないけど、それはリセットではなくて自己欺瞞なんじゃないのかねぇ。とどのつまりそれを自分が許せるかどうかっていう生き様の問題になるんじゃないかな。年末年始ってのは比較的こういうことを考える時間をもてるいい機会ですね。

     

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