働きたくはない男

結論からいうと働かなくても済むのなら、働きたくはない。きっと多くの人がそう思っているだろう、と思っている。あ、誤解されるな。正確には、なるべくなら「働きたくはない男」だということです。

とはいえ、昔は働くことが自分のすべて。いや、そんなことないな。すくなくとも20代半ば頃まではそんな感じでもない。ビジネス本も読んでいなかったし、ビジネスマンの嗜みともいわれる日経新聞も読んでいなかった。ジャンプとヤンジャンとヤンマガとスピリッツばかり読んでいた記憶がある。徹夜もタマにしていたけれど、だいたい毎日終電では帰宅していた。

仕事にのめり込みだしたのは、たぶん30歳にさしかかるころ。新規事業を立ち上げることになって、その渦中に巻き込まれてからだ。文字通り巻き込まれたなー。かんぜんなもらい事故だよ、あれ。しかも当時からメールが各社に拡がりだしてね。さらに自宅でも会社のメールをチエックできるようにしまったものだから、24時間仕事ができる環境になってしまった。

夜中に起きたらメールチェック。気になったメールがあれば、暗闇でひとり返信する。読んだ内容が気になれば、頭のなかに変な分泌液がではじめて、眠れなくなるとかね。これを読んでいる人にもきっと経験があるでしょう。

musthaqsms / Pixabay

仕事で出会う人とのコミュニケーションが人生の9割で。「仕事ができるかできないか」がモノサシになり、達成感だけが生きがいになっていた。達成できるかできないか、だけが関心事になり、うまくいけば機嫌よく。そうでなければイライラと不安と不信につつまれる毎日。そんな日々をかさねているうちに、ほとんどの時間がイライラと不安と不信だけになっていき、ある日突然「嫌」になった。

なにもかもが面倒くさい。そんなことを考えている自分も面倒くさい。けっきょく全部が面倒くさい。過労で仕事場で倒れてしまっても本望だなんてうそぶいていたのにネ。なんというか超ナイーブで。ナイーブすぎてここには書けないさまざまなコトが起きて、それを全部ほっぽりださざるを得なくなって。いままでの人生で最大のピンチを迎えた感じがする。

その後、大人になった。仕事が中心、仕事がすべて、ではなくて。仕事は楽しいけれど「なるべくなら働きたくはない」という、かつての自分に戻っていった。たぶんワーカーホリックという中毒症状から抜けきったんだろうと思う。

仕事中毒、依存症、キャリアが一定に達するまではがむしゃらに働くべきだ、という人たちがいる。かつての自分がそうだったように、その主張を否定する気にはなれない。かといって肯定する気にもなれない。「どこかで体壊すよ」ということを言うだけだ。そして「時間あたり生産性」を高めることを意識した方がいいんじゃないかなと、やんわりと話したりする。

StepanFoto / Pixabay

さて、現実に戻ろう。「働きたくはない」といいつつ、あんがい毎日ドタバタと働いている。そりゃそうだ、まず働かなければご飯を食べていくことができない。それに2つの事業を立ち上げているのだから、それなりに時間も必要になる。どこかのブログで読んだけど、スタートアップって「書類送付状」をつくったり、切手を買いに行ったりするんだぞ。

だけど、10年以上前にくらべると、おなじような熱量でも平熱状態で過ごせるようになってきた。これってなんだろう、容量が増えて要領がよくなったせいなのかな。

 

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