憧れはつづいていく

ぼくはモノづくりが実に苦手だ。小学校の時図画工作の時間があったが、工作の時間が何よりも苦手だった。といって図画が得意なわけでもない。クレヨン時代は写生大会で金賞だかなんか賞をもらった記憶があるけれど、絵の具になった瞬間にダメになった。画用紙がうすく破れてしまうくらいに下手になった。
 
が、一時期音楽業を目指したこともあって、アートや美術展とかに出かけるのは結構好きだ。詳しいうんちくや歴史などはさっぱりわからないけど(わかればより楽しめるとは知っているけど)、「○○展示会」とかがあるとノコノコと出かけていくほうだと思う。ライブやコンサート、リサイタルの類にも比較的出かける方だろうと思う。
 
で、だ。今日いまつくっているモデルコースの見本がでてきた。この仕事をしているなかで一番わくわくする瞬間がやってきたのだ。ぼくは営業だとか渉外だとか、経理だとか総務だとかお使いだとか、すべてをなんとなく同時進行させて、妙にバタバタ働いているおかげで糊口をしのいでいるタイプなので、なにかひとつのことに集中している時期なんて、年間をとおしてさっぱりない。

それを象徴するかのように、今日はFacebook広告がいきなりアカウント停止になったり、Twitter広告のアカウント開設をやったり、突発的事項がおおかった。Facebookに至っては「停止した理由をおしえてほしい」と問い合わせをおこなったら「アカウント再開しました」という、結果オーライだからいいだろ的な回答が返ってきたので「やれやれ」と思う反面、いつまた突然理由もわからずに「アカウント停止」になるかもわからないという恐怖をかかえる羽目になってしまった。

TeroVesalainen / Pixabay
 

そうそう。言いたいのは愚痴じゃない。「クリエイト」されたなにかを、最初にみることができるということ自体が、とてもうれしいものだということを言いたかったのだ。そして画面越しにみる写真は、現地で自分が見た光景よりも色鮮やかに見える。なんだか違う世界のようでいて、だけど同じ光景だということもわかる。でもやっぱり色鮮やかにみえる。

「わぁ、きれいに表示されているよね」と言うと「うん、いつも見ている現物よりキレイにみえるよ」と答えが返ってきた。あぁ、やっぱりそう見えるのか、この理由はぼくがメガネ越しの日常を過ごしているからなのか。そして先日購入したiMacの画質が、メガネ越し+画面越しでも鮮明に色を映しだしているからなのか。答えに非常になやむところだ。
 

neufal54 / Pixabay

とにかく人が「なにかをつくりだす」いう行為はすごいなぁと思う。とくに自分が出来やしないことを「ほら」と目の前にでてくると、わぁーと心躍るよね。自分がうまく出来ないからこそ、憧れるわけで。もし自分が出来るのなら、それはそれで張り合ったりする気持ちになったりするのかもしれないけどね。

2足のわらじを履くって言葉があるけれど、本当に履いている人ってすごいよね、ふつうわらじを重ねてはいたら、歩きにくくって転んじゃうよね。緩やかだろうが、なんだろうが2足履いて歩けることがすごいんだよ。ぼくも3足くらい履いて、歩けるようになりたいな。

 

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