理念は共感をうみ、共感は理解をうみ、理解は行動をうみ、行動は結果をうむ

昨晩ちょっと出かけて蛍鑑賞に。
漆黒の闇に、流れる川の音とその上を飛ぶ蛍がなんとも綺麗で
うすら汚れた心がその時だけは清浄になった気がしましたw
小さな川の横には車1台分の土手というか農業用道路が通っています。
綺麗だなぁと思いつつ、最近戦国ものを読んでいますので
そんな暗闇の舗装されていない道を歩いていると

「こういう暗闇の中を夜間行軍をしたのか」
「でも殆ど夜間行軍はなかったという話もある」
「いずれにせよ松明のみで行動していたのか」

などということも考えてみました。
こんな夜に松明かざして攻城される方はたまったもんじゃないですね。
 ・<行軍を考える>

で、その後帰宅してメールしたり、TV見ながら考え事をしつつ
ツイッターに連続投稿していました。
この手のは以前もエントリーしているのですが備忘録としてメモ代わりに貼っておきます。


どうしてこうなった、というところを抑えるという事ですね。
行動は必ず何かしらの因が縁に触れて起きるもので、行動が他の縁に触れて果となる。
まぁ直接的要因と間接的要因の話なんだけれど。


原因を抜本的に捉えないまま、表にでてきた結果としての事例だけを見ても意味はない。
そこから深く深く考え続けるのなら得るものはきっとあるだろうけれど。
大概は「ウチじゃぁできないんだよなぁ」で終わっているケースが多いんじゃないかな。


何かの公式みたいに単純ではないよね。一瞬の思いに様々な感情が投影されているように
様々な要素が縁として無数に絡み合っている。


ここが達観できるようになるといいな。


これが難しい…身についた思考ステップや習性はなかなか治らない。
この手の事を考える時、いつも頭に浮かぶのは「人は自らが持つ弱点によって死を招く」という事です。


いますよね、こういう方。スラスラっとでてくるような切れ者。


ぼくはこれが詰まる所企業理念だと思います。でもそれだけじゃだめで
そこから共有するルールだとか行動基準を明確にして
自分たちの肌に染み込ませることをやらないと。
それが企業文化になっていくと、暗黙知となるルールに縛られることなく真っ当なサービスを
提供していくことに結びつくものだと思う。最初は形式知であって、徐々に暗黙知になる感じ。
個人でいえば生きるための指針みたいなものですかね。


ぼくには案外成長至上主義みたいなところがある。でも「それだけじゃないよ」っていうのを
つい最近やんわり諭された感じ。分っているつもりでも、やっぱり言動にでるものですよね。


これは記憶によれば2003年に(当時まだ存在していた)雇用・能力開発機構の横浜での経営者向けセミナーでぼくの知人がスピーチした言葉。以来気に入っていてアチコチでぼくも使っているのだけれど、ここで止まっていてはいけなくて。理念を具体的にしていく作業って必要ですよね。それが言動なのかコンテンツなのか、サポート方針なのか表現方法はいろいろだけれど、思想・思考は行動にでるよ。それに人は反応するんだと思うな。

まぁこの手の事は考えると本当に深く深く考えるものですよね。
1つのことから派生する事柄も多くあります。
未来企業は共に夢を見る」を読んで:感想文
生きていくために心がけている8つのこと
企業理念を落とし込んでいく重要性
日常の立ち居振る舞いを意識する。そしてミッションステートメントを言語化する。
この辺のエントリーでもツラツラ書いていますね。
若いころは結構どうでもいいやと考えていたと思うのですが
経年とともに「~であるべき」という考え方が強くなってきているのかな、と最近思います。


 

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