なまけもの理論

きっと人から嫌がられているぼくの癖に「どうして?」という口癖があります。

この前ふと自分で気づいたんですよね。単に疑問に思っているから質問したり、意図を確認したいから聞いているだけなんですけど。人によってはとても嫌みたいですね。

「どうしてそういう結果になったの?」
「その選択をチョイスしたのはどうして?」
「やるって言っていたのに、やっていないのはどうして?」
「その発想になったのはどうして?」

これって問い詰めている訳じなくて、本当に疑問だから聞いているだけなんですよね。
 
「どうしてこうなったんだろう」という結果から原因と、環境条件を把握することってビジネスを進めていくにはとっても大切だと思うし、人と話すことによって全部じゃないけれど、相手の思考パターンもなんとなく把握できるじゃないですか。そこを意識していることは失敗を繰り返さないだとか、成功方式を再現するという意味でも大切だと思うんですよね。
 
あとは自分たちのどこに隙があるのかを確認したり。失敗の原因追究も大切ですけれど(責任探しではなくて)、成功の原因追究も大事だと思います。理由や根拠が知りたいだけなんですけどね。最悪「なんとなく」でもいいんですよ。じゃぁ「どうしてなんとなく思ったのか」って聞き返しますから。
 
それが油断なのか、慢心なのか、何も考えていなかったのかが知りたい。

ツメラレテル、とか言うほうが自覚がないんじゃないの

組織で仕事をしていたときはすぐに「詰めてくる」とよく言われていました。この言い方自体は物凄く嫌なんですけどね。本人がまるで責任がないのにも関わらず理不尽なことを言われている、と思っています、って言っている感じじゃないですか。
 

なまけものにはなまけものの理論がある

ぼくが「どうして?」と聞くのは前述のような意味もあるんですけど、きっとその本質はぼくがなまけものだからです。

これは10年以上前に、後輩に相談されたときに
 
「お前はなまけものだから、いかに自分の仕事を楽にするかを考えればいいんじゃない。するとなにかと効率よくいろいろできて、仕事が進めやすくできるはず」と当時まだ大学生だった彼に(余計な)アドバイスをしたことに遡れます。彼もそのことを覚えていてくれて、何年後かに「怠け者論」と名づけてくれましたけど。
 

By: Carol SchafferCC BY 2.0
 
 
今大変なことでも、きちんと面倒くさがらずにやっておけば、あとから再現できるので、(負荷という意味では)後日楽できるじゃんと思っているんですよね。目いっぱい貯金しておきたいというか。現実的には貯金なんて全然できていないから、こうして働いているんですけど。それで「どうして?」ってことを聞いて、原因を把握して、再現したり再現しないようにしようと無意識にやっているんじゃないかと思うんですよね。
 
同じことを何回も質問することや、失敗を繰り返すという事は避けたいじゃないですか、やっぱり。それってぼくが体系立てて物事を習ったことがあまりなくって。多分に実感的で、経験的な人で、雑学とか人生訓的なことを好むタイプでいつつ「なまけもの」だから、いかに後から楽しようかと考えているからだと思うんですよね。

そう考えておくと「どうして」を把握して、繰り返さないようにすればいいし。うまく行ったことなら、環境条件も把握して再現性を高めればいいと思うんですよ。勿論現実はそうそううまく行くものじゃないし、ぼくも3勝10敗くらいです。
 
でもハードルなんてただのタスクだと思い込んでしまえばいいんです。こなすにはどうすればいいかを考えればいい。そのとき自分ひとりの智恵とか創造性なんてタカがしれている、ということを前提に考えて考えて、回りの協力とか智慧をたくさん頂戴して、それでもこなせないタスクは諦めるか後回しにしてしまえばいいと思っています。ただ何も考えずに後回しにするのはダメだろうと。
 
そんな考えがあるからなのか、すぐに「どうして?」と言ってしまうのですけど、その返答でその人となりが多少なりとも判るのも面白いですよ。
 
ビジネスって結局どこまで信用しあえるかが大切です。こういうことを意識しだしたので、日常生活ではなるべく言うのを止めようと思った次第です。

 

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