悔いの濃度を薄くしたい

今年もあと10週間かと気づいたり、秋が深まり枯葉が多くなったり、寒暖が激しくてちょっと風邪気味だとか。友だちの友だちの死を聞いたり。或いは身近な人に祝い事が起きたり。毎日いろんなことが起きると否応なしに考えるきっけけになります。

ジョブズが言う様に「今日が人生最後の日かもしれない」と毎朝考えて生きることは正直難しいと思うんだけれど(やっぱり意識し続けることは難しいよ。)「人生はいつ終わるかなんてわからない」と認識しておくことはできると思うんですよね。
 
寝る前に今日の自分の選択はどうだったのか、なんて振り返ってみることは悪くないかもしれないです。こう考えるクセをつけておくと何かを選択するときに、なかなか手を抜きにくくなります。
 
ものごとには(自分にとっての)成功も失敗もあるんだけれど、自分が選択した事によって結果がでるわけですからせめて「仕方ないよな」くらいは思いたいな、とぼくは考えています。
 

気持ちの中での悔い濃度を低くしたい

自分で選択したから「悔いがない」なんてことはきっとない。何やっても悔いは残るし「あぁすればよかったな」ってのはあると思うんです。でもぼくは可能なかぎり、その濃度を薄くするようにして毎日を生きていきたいと思っています。

未来を予想して何かを選択することはできないですよね。でも自分たちがつくった計画に縛られて、計画通りにいかないからといってフラストレーションを溜めていくのは、もっと嫌です。過去の選択の積み重ねが、いまにつながっていますし、未来はいまの選択が作っていくとも思うんですよね。#未来は現在や過去の延長線上にないと言うのは因縁縁果を無視した話でしかありません。
 

点と点をつなぐということは

いまの自分は過去の経験がきちんと反映されているもの。いただいたご縁によって生かされていることが現実です。

こうした何かをきっかけにきちんと感謝して、自分が活かされていることを実感してみることって大事ですね。だからめんどうなこともやらなきゃなぁ、とふと考えています。

とここまで一気に書いてきて、既視感を感じたので自分のブログを調べてみると1年前にも似たようなことを考えていた。進歩がないんだか、変わらない良さなのか。
・生きていくために心がけている8つのこと
 
[追記20140329:こうして都度、考えたことを残しておくと振り返れるからいいですね。]

 

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