もの言わない部下

「もの言えぬ部下」というテーマを友人がブログに書いていた。「もの言えぬ部下」がじょじょに「もの言わせぬ上司」になっていくっていう話なんだけれど、かつて「もの言わない部下」になった経験ならあるな、と思い出しながら飛んでいた。というと「ウソでしょ」と言われることが多いのですけどね。
 
攻撃的なぼくと、守備的なぼく。二面性があって人によって印象が違うみたいですから、「攻撃的なぼく」の印象を持っている人は「もの言わない部下」になったぼくを想像しにくいみたい。
 
 たとえば小さな組織に属していたり、事業開発を担当していると、「〇〇したい」とか「こうしたほうがいいんじゃないか」といった手法の話は日々でてきます。その手法を採択するかどうかはサービスビジョンだったり、企業理念にあっているかどうか、ということを拠り所にするものです。そこがないと目先に右往左往してジャッジメントの軸がなくなってしまいますからね。ビジョンってのはコンパスみたいなものです。
 
 こうして、なにかを進めているときに、ふとスイッチを押してしまう時があるようなんです。ミーティングの場だとか、打ち合わせの場だとかで。ぼくの言ったこと、――「こう伝えてきているよな」という前提があったうえで――進捗状況を話したりしていると、とつぜん感情的に”ワーっ”と言われることや、あからさまに否定されることって結構あったんですよね。
 
 あとから振りかえって「あの言い方がまずかったのか」「ああ言うと、こう反応することが予想されるたから、次回からはこうしよう」とかは一応かんがえます。 
 
が、こういうことが2、3回起きたとしますよね。そうなるともう二度と提案しなくなるんですよね。言われたことを粛々とやる。「こうしたほうがいいのになぁ」と思っても、絶対言わない。言ったところで取り上げられる確率はかぎりなく低いですもの。むしろ言ったことによって「チッ」と思われる確率のほうが高い。そんな計算めいたことのまえに、そもそも心がザラついているし、ありていに言えば「もう言う必要もないだろう」モードに突入する。 
  
 

brodammer / Pixabay
 現実を指摘すると批判と受け取られたり、自分の意にそぐわないと判断されるほど厄介なものはないんです。その感情があるがゆえに「こうしたほうがいいんじゃないか」の議論には絶対にすすまなくなる。「そういう意味でいっていたんじゃないんだよ」「言った記憶はない」という話に終始しはじめちゃう。そういう場合は、他の人に言ってもらうようにします。この時点で何を言ったかよりも、誰が言ったかのほうが重要になっているから。
  
 そういえばこんなことがあった。あるとき頼まれて資金繰り予測をつくったことがあります。すると4か月先分までしかみえなくなっていたのです。もちろん報告と、今後の方策(向こう2か月以内に売上るか、短期借入か役員貸付ですよね)を話していました。 

 ―― で、どうしたらいい?(選択肢は3つだけどなぁ)
 ―― 売上は現場でおこなうので、財務面で調達に動いてもらえませんか
 
などといった話をしていました。そもそも、財務状況をウィークリーで把握できる仕組みがなきゃダメですよね。すると突然「オマエがそういう心づもりだから売上あがらないんだ!」「売上あがってないのに、どうして資金調達しなきゃいけないんだ!」と超怒鳴られましたね。いやもうびっくりですよ。まぁこれに似たようなことが4、5回くらいあったのかな。それでもう提言めいたことをいうのは止めちゃった。
 
現状報告だけで、策のようなことは自分からは言わない。聞かれたら答えるけれど、「判断はご自身でしてください」というスタンスに近いのかな。答えが欲しいわけじゃないとか色々あるんでしょう。 過程のなかでは 「言っていない」「言った記憶がない」という国会答弁のようなことを言われたこともある。この対策としては「話したことはメモをとって、押印してもらえ」と勧められたので、以来議事メモつくるようにした。
 
なんともバカバカしい話ですよね。いわゆる戦術面での朝令暮改とか、状況が変わったから判断も変わる、といったような話じゃないもの。こういうことをやらざるを得ない時点で、パイプラインは崩壊していたんだろうなぁ。そんな気づかいしてまで仕事をしなきゃいけない上司ってのは、時間の無駄づかいをさせるだけだよ。
 
で、その後。徐々にほかの人にレポートしてもらうように仕事内容を移行するようにして、ぼくはフェードアウトしました。メンバーのスキルってのは「使いこなす」ために上司がいて、スキルは「使いこなされる」ために身につけるんだよ。
 

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でフォローしよう!